2025年9月、東京・渋谷で開催された「ETHTokyo 2025」。
世界中の開発者が集結し、創設者ヴィタリック・ブテリン氏も登壇したこの場で、イーサリアムが歩んだ10年と、これからの10年があらためて問われた。
注目を集めたのは、2025年にイーサリアム・ファウンデーション(EF)のPresidentに就任した宮口あや氏だ。
2018年からエグゼクティブ・ディレクターとしてエコシステムを牽引してきた彼女は、イーサリアムを「テックプロジェクト」から「社会基盤」へと進化させる役割を担う。
ステーブルコイン、DeFi、NFT、オンチェーン金融──
イーサリアムはすでに金融の中枢に深く入り込んでいる。
しかし宮口氏が見据える未来は、金融にとどまらない。
■ 誕生から10年──イーサリアムは「計画されずに」拡大した
2013年、ヴィタリック・ブテリン氏はビットコインの限界を超える構想として、イーサリアムのホワイトペーパーを発表した。
2015年のメインネット稼働以降、イーサリアムは分散型アプリケーションの基盤として急速に拡大する。
DeFi、NFT、研究用途、公共インフラ──
現在のエコシステムは、当初から設計されていた完成図ではない。
宮口氏は語る。
イーサリアムの成長は「ロードマップ通りに管理された結果」ではなく、無数の参加者と偶然が重なって生まれたものだと。
それゆえに、イーサリアムはTCP/IPと同じ「デジタル公共財」としての性格を持つ。
だが同時に、社会実装という観点では、まだ通過点に過ぎないとも指摘する。
■ テックから社会基盤へ──EF組織改革の意味
2025年、EFは組織構造を大きく変更した。
宮口氏がPresidentに就任し、ヴィタリック氏とともに長期ビジョンを担う立場に回ったのは、その象徴だ。
狙いは明確だ。
イーサリアムを「技術開発組織」から、「社会と接続する基盤」へ引き上げること。
分散型社会の実現には、ブロックチェーン単体では足りない。
オープンソースAI、プライバシー技術、公共インフラ研究──
中央集権に依存しない仕組みという共通課題を持つ領域との連携が不可欠になる。
EFの役割は、もはや内部運営ではない。
イーサリアム全体、さらにその外側との関係性を設計する段階に入った。
■ 「無限の庭」──管理されないからこそ、壊れない
宮口氏は、イーサリアムの哲学を「インフィニット・ガーデン(無限の庭)」と表現する。
誰かが完成形を定義するプロダクトではない。
誰でも参加でき、成長の方向は予測不能。
複数クライアント、複数チーム、EF以外の主体が公共財として支える構造。
これは効率性よりも、レジリエンス(耐久力)を優先した設計だ。
実際、イーサリアムを支える資金提供は、EFの助成金に限られない。
Gitcoin、Optimismなど、多様な主体が公共財を支援する仕組みを生み出してきた。
単一モデルに依存しない点こそが、イーサリアム特有の強さだ。
■ 社会実装は始まっている──国家IDという実例
イーサリアムは理論の段階を超えつつある。
象徴的な例が、ブータンでの国民ID基盤だ。
政府の中央サーバーに依存せず、プライバシーとセキュリティを確保する設計。
国家レベルの長期運用に耐える社会インフラとして、イーサリアムが採用された。
これは「金融以外のユースケース」が机上の空論ではないことを示している。
■ 規制との摩擦──「金融だけではない」という主張
宮口氏は、規制議論が金融に偏りすぎている点に懸念を示す。
AMLや投資保護だけを軸にすると、
プライバシーや社会制度への影響が見落とされる。
ブロックチェーンは金融技術ではなく、「社会設計の技術」でもある。
金融の枠内だけで議論を閉じれば、別の歪みを生む。
この緊張関係は、今後さらに顕在化するだろう。
■ 結論:イーサリアムは「完成」を目指さない
イーサリアムが目指しているのは、完成形ではない。
むしろ、完成しない構造そのものだ。
検閲耐性、オープンソース、プライバシー、セキュリティ──
宮口氏が「CROPS」と呼ぶ価値観を犠牲にしない限り、成長は続く。
技術から社会へ。
金融から制度へ。
そして管理から共進化へ。
イーサリアムは今、次の10年に向けて「公共インフラ」としての試練に足を踏み入れている。
その行方は、技術ではなく、社会がどこまでそれを受け入れるかに委ねられている。
参照:テックを超えた社会基盤へ、イーサリアムが目指す次の10年──Ethereum Foundation 宮口あや氏が語った「無限の庭」【2026年 創刊特集】再掲
